神戸地方裁判所 昭和54年(ワ)1174号 判決 1987年1月27日
原告
後神理基
右訴訟代理人弁護士
中尾英夫
被告
瀧中孝司
主文
一 原告(貸主)・被告(借主)間の別紙目録記載の土地の賃料は、昭和五四年七月四日から昭和五七年五月三一日までは月額金七万六〇〇〇円、同年六月一日から昭和五八年九月三〇日までは月額金九万七〇〇〇円、同年一〇月一日からは月額金一〇万一〇〇〇円であることをそれぞれ確認する。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告(請求の趣旨)
1 原告・被告間の別紙物件目録記載の土地についての賃貸借契約の賃料は、一か月あたり、
(一) 昭和五四年七月四日から同五七年五月三一日までは金九万五〇〇〇円
(二) 昭和五七年六月一日から同五八年九月三〇日までは金一一万円
(三) 昭和五八年一〇月一日以降は金一二万円であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告(請求の趣旨に対する答弁)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 原告は被告に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を賃貸している。
2 右賃料は、昭和五〇年末までは月額二万六〇〇〇円であつたが、昭和五一年一月一日から月額金五万二〇〇〇円に増額された。
3 原告は、右賃料につき、その後それぞれ租税及び物価の上昇等により不相当となつたため、被告に対し、次のとおりそれぞれ増額する旨の意思表示をした。
(一) 昭和五四年七月三日到達の内容証明郵便で同月一日以降月額金一一万〇三九五円に増額する旨
(二) 昭和五七年五月二七日到達の書面で同年六月一日以降月額金一四万九〇六〇円に増額する旨
(三) 昭和五八年九月七日到達の書面で同年一〇月一日以降月額一二万円に増額する旨
よつて、原告は被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの賃料の確認を求める。
二 被告(請求原因に対する認否)
1 請求原因第1項の事実は認める。但し、賃借地の地番及び面積は知らない。
2 同第2項の事実は認める。
3 同第3項の事実中、原告主張の各賃料増額の各意思表示がなされたことは認めるが、その余の事実は争う。
三 被告の主張
1 本件土地の賃料相当額の算定にあたつては、次の如き個別的事情を十分斟酌すべきである。
(一) 本件土地の賃貸借契約開始当時、本件土地の周辺は空地ばかりの荒涼たる地域であつたところ、被告は右地域の発展に多大の貢献をした開発的借地人である。
(二) 近隣の借地人は不法占拠者からバラック等を買い受けた者が多いが、被告は当初からの正当な借地人であり、最古参の借地人であるうえ、本件土地は他の借地に比し借地面積が最大である。
(三) 本件土地の賃料は従前より他の借地の賃料に比べ低額であつた。
2 後記和解方式により算出される賃料は本件土地の賃料を算定するにあたり参考にされるべきではない。その理由は次のとおりである。
(一) 本件賃貸借契約には右1(一)ないし(三)記載の個別的事情が存する。
(二) 本件土地と和解方式による他の借地とはその位置及び面積が全く異なる。
(三) 右和解は、借地人の無知、借地関係継続への不安、底地買取への期待など様々な理由により締結されたものであり自由な合意によるものとはいえない。かつ、右和解は近い将来底地売買がなされるまでの暫定的合意という性格をも有する。
四 原告(被告の主張に対する認否)すべて争う。
理由
一争いのない事実等
請求原因1の事実(本件土地の賃貸借契約の存在。但し、本件土地の地番及び面積の点は除く。)は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件土地の地番及び面積は原告主張のとおりであると認められる。そして、請求原因2の事実(本件土地の従前の賃料額)並びに同3の事実中、原告主張の賃料増額の各意思表示がその各主張時期になされ被告にそれぞれ到達したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二争点についての判断
そこで争点(原告主張の各時期における相当賃料額)について検討する。
1 <証拠>によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件土地は国鉄三宮駅の北西約三〇〇メートル、生田神社の東を南北に走る東門商店街の北側、生田神社の出口付近に所在し、東側において通称東門筋の舗装公道(幅員約七メートル)に、北側において生田神社東門出口通路(幅員約七メートル)に各接する南北約七・六六ないし七・八メートル、東西約九・二一ないし九・三三メートルの概略長方形の平坦な角画地である。付近一帯は四囲を幹線道路により囲まれており、同所は小規模店舗が高密度で立ち並ぶ歓楽街、繁華街を形成する高度の商業地区である。
(二) 原告は昭和二二年ころから付近一帯の約二五〇〇坪の土地を各借地人に賃貸していたが、次々と各借地人に右貸地を分筆のうえ売却してきたため、貸地として残るのは現在では約一〇〇坪になつている。本件はその一部である。
(三) 右貸地につき、その賃料をめぐつて借地人らとの間に紛争を生じ、昭和五一年原告は各借地人らに賃料増額を要求し、これに応じない原告を含む借地人らに地代増額等の訴訟を提起したが、現在までに訴訟上の和解等により、昭和五一年度以降の賃料につき、被告を除くその余の借地人との間では、固定資産課税台帳上の価格の一〇〇〇分の三三に一年分の公租公課(固定資産税及び都市計画税)を加算してこれを一二で割るという方式(以下「和解方式」という。)によつてえられた金額を月額賃料とする旨合意が成立し、その後も原告と被告を除く借地人らとの間では右方式を尊重して賃料が改訂され現在に至つている。
(四) 被告との間においては、昭和五四年六月一三日、昭和五一年一月一日以降の本件土地の賃料が月額金五万二〇〇〇円である旨の判決が言渡され(当庁昭和五一年(ワ)第四九号事件)、被告はこれに対し控訴した(原告も附帯控訴)が、昭和五四年一二月二一日、控訴及び附帯控訴各棄却の判決の言渡を受け(大阪高等裁判所昭和五四年(ネ)第一〇九九号、同第一五七〇号事件)、右判決に対しさらに被告は上告したが、昭和五五年七月三日上告棄却の判決の言渡しを受け、同日右第一審判決は確定した。
(五) 被告はその父の代から本件土地を賃借し、その地上に一部二階建一部三階建の店舗を所有し、四区画に仕切つて右店舗を各借家人に賃貸している。
2 昭和五四年七月四日時点における適正賃料
(一) <証拠>によれば、本件土地の賃料は、右当時、本件土地に対する公租公課の上昇、近隣の賃料に比較して前記の従前賃料のままでは低額にすぎて不相当となるに至つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) そこで右時点における適正賃料につき検討する。賃料額の算定方式については利回り法、差額配分法、スライド法、比準法などの各方式が存するところ、一般論としては、右方式のいずれが本則であるというべきではなく、各種の方式を併用し、それらを比較考量したうえ契約当事者間の個別的事情をも加味して適正賃料を決すべきものである。もつとも、本件においては、第一に、前記のとおり、昭和五一年一月一日以降の本件賃料が月額五万二〇〇〇円である旨の判決が確定していることが認められるから、右賃料を適正な従前賃料としてこれらに適切なスライド率を乗じてスライド賃料を算出し、これを本件賃料の算定資料とすべきであり、第二に、前記のとおり、裁判上の和解を契機として本件土地を除く原告所有の本件土地近隣の賃貸地の賃料が各賃貸借当事者間において昭和五一年度以降和解方式によつて算出された額と合意されて現在に至つていることが認められるから、右方式により算出される賃料額をもつて精度の高い比準賃料として本件賃料の算定資料とすべきである。
ところで、本件証拠中には、専門家の鑑定意見として、当裁判所の選任した鑑定人不動産鑑定士佐脇稔の鑑定並びに同人の証言(以下「佐脇鑑定」という。)と原告が依頼した不動産鑑定士保田敞弘の私的鑑定書である前掲甲第七、第九号証並びに同人の証言(甲第九号証は甲第七号証の補正書である。以下「保田鑑定」という。)とが存し、両鑑定はいずれも経済賃料、スライド賃料、比準賃料を各種方式により求め、これを総合勘案して賃料相当額を算出しているが、経済賃料についてはその基礎となる本件土地の更地価格の評価につき全幅の信頼をおけない事情が存するので結論としていずれも全面的には採用しがたい。すなわち、<証拠>によれば、本件土地は神戸市の施行にかかる土地区画整理事業の施行区域内にあつて将来仮換地指定がなされる予定ではあるが当面は未指定地とされ現在に至つていること、両鑑定が本件土地の評価のための比準取引事例として参考にした土地の多く並びに本件土地最寄りの公示地価標準地はすでに仮換地指定済の土地であること、右仮換地指定は二五パーセント減歩を伴うものであつたことが認められるところ、保田鑑定は最終的に右事情をもつて右比準取引事例地及び公示地価標準地のいずれについても一律に一二五分の一〇〇を乗じる標準化補正を行なつた額を参考資料として本件土地の更地価格を算出し、他方、佐脇鑑定では右事情についてはそれ自体を特にとりあげて補正を加えることなく右各資料をもとに本件土地の価格を算定していることが認められる。右区画整理事業・仮換地指定方式の実態については必ずしも明らかでないが、仮に将来本件土地につき減歩の伴う仮換地指定が行われるとしても、本件土地につき現在までのところ未だ仮換地指定は行われていないのであるから、右状態により本件土地の価格評価に実質上の影響があるか否かの点は別にして、右事情をもつて形式的に一律に一二五分の一〇〇を乗ずる標準化補正を加えるべきであるとする保田鑑定は採用しがたい。他方、佐脇鑑定は右の意味で正しい面を含むが、周辺地が二五パーセントの減歩を伴う仮換地指定を受けたことによる影響が各時点において現実に本件土地の価格に全く影響を与えていないとする点で逆に疑問がある。
以上のとおり、両鑑定ともに本件土地の更地価格を確定するには内容的に不十分であることに加え、冒頭記載の比準賃料(和解方式により算出される賃料)及びスライド賃料の精度を勘案すると、本件においては経済賃料を算出することなく右比準賃料及びスライド賃料を基本的指標として適正地代を算出すべきものと考える。
(三) 比準賃料(和解方式により算出される賃料)
<証拠>によれば、昭和五四年七月四日当時の本件土地の固定資産課税台帳上の価格は金二〇九七万〇六四二円、当時の公租公課は年額金三三万六一二〇円であることが認められるから、和解方式により右時点における賃料額を計算すると、次の計算式のとおり、月額金八万五六七九円となる。
(四) スライド賃料
スライド賃料の算定方式については、保田、佐脇両鑑定がいずれも採用している実積利回り法(従前賃料の純賃料が元本価格に占める利回り率を求めこれを価格時点の価格に乗ずることによつて純賃料をスライドさせこれにより支払賃料を算出する方式)により算定するのが相当と認める。もつとも、本件においては前記のとおり右「元本価格」は明らかでないが、右方式は物件の経済的価値には関係なく従前賃料のスライド率を定めるにあたつて「元本価格」を使用するにすぎないものであるから、本件土地の最寄りの公示地価標準地の公示地価を便宜借用して計算することとする。なお、本件土地の価格上昇率が右公示地価標準地のそれとほぼ同一であることを右方式は前提としているが、右については誤差がありうるので、さらに消費者物価指数により純賃料をスライドさせることによつて算定されるスライド賃料をも加味にしてスライド賃料を算定することとする。
そこで、<証拠>により認められる従前賃料中の純賃料年額金三九万六七二二円(支払賃料金六二万四〇〇〇円、租税二〇万八五五八円、管理費・支払賃料の三パーセント金一万八七二〇円)、本件土地の最寄りの公示地価標準地(神戸市生田区中山手通一丁目一一五番七・公示番号神戸中央五―一〇以下同じ。)の価格一平方メートルあたり昭和五一年度金一〇九万円、昭和五四年度金一一七万円、昭和五四年度の本件土地の租税年額金三三万六一二九円、管理費・支払賃料の三パーセントの各数値を基礎にして前記実積利回り法によるスライド賃料を計算すると、次の計算式のとおり、月額金六万五四六一円となる。
次に統計資料によつて認められる神戸市の消費者物価指数(昭和五一年を一〇〇とした場合昭和五四年は一一六)を基礎に消費者物価指数によるスライド賃料を求めると、次の計算式のとおり、月額金六万八四一二円となる。
そして、右二方式により算出されたスライド賃料の平均額金六万六九三六円をもつて昭和五四年七月当時の本件賃料の基本的指標たるスライド賃料とする。
(五) 右(三)、(四)認定の比準賃料、スライド賃料を基本的指標とし、その他本件記録中の諸般の事情を総合勘案したうえで、右(三)及び(四)のほぼ平均値にあたる月額金七万六〇〇〇円をもつて、昭和五四年七月四日時点における適正賃料額と認める。
3 昭和五七年六月一日時点における適正賃料
(一) <証拠>によれば、本件土地の賃料は、右当時、前同様の理由により、前記2認定の賃料のままでは低額にすぎて不相当となるに至つたことが認められる。
(二) 右時点における適正賃料額についても前記2と同様の方法で算定する。
(三) 比準賃料(和解方式により算出される賃料)
<証拠>によれば、昭和五七年六月一日当時の本件土地の固定資産課税台帳上の価格は金二七五七万五〇三二円、当時の公租公課は年額金四〇万九九七〇円であることが認められるから、和解方式により算出される右時点の賃料額を計算すると、次の計算式のとおり、月額金一〇万九九九五円となる。
(四) スライド賃料
<証拠>により認められる従前賃料中の純賃料金三九万六七二二円、前記の公示地価標準地の価格一平方メートルあたり昭和五一年度金一〇九万円、昭和五七年度金一六六万円、昭和五七年度の本件土地の租税年額金四〇万九九七〇円、管理費・支払賃料の三パーセントの各数値を基礎にして、前同様実積利回り法によるスライド賃料を計算すると、次の計算式のとおり、月額金八万七一二六円となる。
次に統計資料によつて認められる神戸市の消費者物価指数(昭和五一年を一〇〇とした場合昭和五七年は一三三)を基礎に消費者物価指数によるスライド賃料を求めると、次の計算式のとおり、月額金八万〇五五〇円となる。
そして、右二方式により算出されたスライド賃料の平均値である金八万三八三八円をもつて、昭和五七年六月当時の本件賃料の基本的指標たるスライド賃料とする。
(五) 右(三)、(四)認定の比準賃料、スライド賃料を基本的指標とし、その他本件記録中の諸般の事情を総合勘案したうえで、右(三)及び(四)のほぼ平均値にあたる月額金九万七〇〇〇円をもつて、昭和五七年六月一日時点における適正賃料額と認める。
4 昭和五八年一〇月一日時点における適正賃料
(一) <証拠>によれば、本件土地の賃料は、右当時、前同様の理由により、前記3認定の賃料のままでは低額にすぎて不相当となるに至つたことが認められる。
(二) 右時点における適正賃料額についても前記2、3と同様の方法で算出する。但し、スライド賃料については、昭和五八年度の本件土地の最寄りの公示地価標準地の公示地価は本件証拠上明らかでないので、消費者物価指数によるスライド賃料のみを参考とする。
(三) 比準賃料(和解方式により算出される賃料)
<証拠>によれば、昭和五八年一〇月一日当時の本件土地の固定資産課税台帳上の価格は金二七五七万五〇三二円、当時の公租公課は年額金四六万八七七五円であることが認められるから、和解方式により算出される右時点の賃料額を計算すると、次の計算式のとおり、月額金一一万四八九五円となる。
(四) スライド賃料
統計資料によつて認められる神戸市の消費者物価指数(昭和五一年を一〇〇とした場合昭和五八年は一三五・九)を基礎に消費者物価指数によるスライド賃料を求めると、次の計算式のとおり、月額金八万六五九一円となる。
(五) 右(三)、(四)認定の比準賃料及びスライド賃料を基本的指標とし、その他本件記録にあらわれた諸般の事情を総合勘案したうえで、右(三)及び(四)のほぼ平均値にあたる月額金一〇万一〇〇〇円をもつて、昭和五八年一〇月一日時点における適正賃料額と認める。
三なお、原告は、昭和五九年一一月六日の本件口頭弁論期日において、従前本件賃料につき、一か月あたり、昭和五四年七月四日から昭和五七年五月三一日までは金一一万〇三九五円であること、昭和五七年六月一日から昭和五八年九月三〇日までは金一四万九〇〇〇円であることの確認を求めていたものを、それぞれ請求の趣旨1(一)及び(二)記載のとおりの請求に減縮する旨の申立をなし、被告は右口頭弁論期日において右請求減縮に同意したのであるから、その後の準備書面において被告は右請求減縮に同意しない旨陳述するが、昭和五九年一一月六日の本件口頭弁論期日における被告の右同意により右請求減縮部分についてはすでに訴訟は適法に終了(取下終了)しているものである。
四以上のとおり、原告の本訴請求中、主文第一項の限度で確認を求める部分はいずれも理由があるからこれを認容し、その余の部分はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官杉森研二)
別紙物件目録
一、神戸市生田区下山手通一丁目一ノ二六
宅地 七一・六七平方米